故・忌野清志郎さんゆかりの地「たまらん坂」-ファンのお供え絶えず

たまらん坂には花束や色紙、手紙などがそえらえている

たまらん坂には花束や色紙、手紙などがそえらえている

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 5月2日に亡くなった忌野清志郎さんゆかりの地である「たまらん坂」には、9日の告別式後もいまだ多数のファンが花などを手向け続けている。

 たまらん坂は、国立の大学町が作られる際、国分寺駅から大学町に向けて資材運搬と東京商科大(現一橋大学)生の通学路として造られた坂。長い急坂と悪路に学生や、リヤカー・荷車を引く人が「こんな坂たまらん」と言ったことから「たまらん坂(多摩蘭坂)」と名付けられたという。忌野さんは70年代にたまらん坂の近所に数カ月住んだこともあり、1981年にRCサクセッションが発表したアルバムで「多摩蘭坂」という曲を発表したこともあった。

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 2日に忌野さんが亡くなってから、たまらん坂には多くのファンによって毎日のように花や手紙が手向けられている。たまらん坂のそばに30年近く住んでいるという主婦は「昔は坂に沿って石垣があり、ファンの方がそこに清志郎さんへの思いを落書きしていた。数年前にマンションが建設された際に撤去されたが、この様子を見てこの坂は今でもファンのみなさんにとっては聖地なのだと思った」とも。

 9日には青山葬儀場にて告別式が執り行われたが、いまだにたまらん坂にはファンによるお供えが絶えず、ファン同士が集まって忌野さんの思い出話などをする様子が見られる。「もう一度ステージに立ってほしかった」「天国でも歌い続けてほしい」「本物のロックの神様になった」などのファンからのメッセージがしたためられたノートも供えられている。

 20年来のファンで告別式にも駆け付けたという40代の主婦は「清志郎に憧れて国立に引っ越してきた。清志郎は青春そのもの。曲ですごく助けられたし励まされたから、今は感謝の気持ちでいっぱい」と話していた。